ビンロウと特製カクテルでおもてなし
この文章は、会員の山本芳美さんが2008年時点の状況を踏まえてまとめたものです。(2014年に加筆・修正しています。)
ビンロウと特製カクテルでおもてなし
アァーホキラァ!と絶叫
2000年から2001年ごろ、台湾の語学学校で勉強をしていた時、時たま有線テレビで香港映画を観ていた。俳優チョウ・ユンファ(周潤發)の魅力に遅まきながら開眼し、映画「男たちの挽歌」(1986年)や「リプレイスメント・キラー」(1998年)などで、彼がミステリアスな微笑みを浮かべて銃を撃つ姿にしびれまくっていた。ところがある日、テレビCMに目が釘づけになった。自動車工場や建築工事、船や製鉄工場で働くたくましい男たちのイメージショットの後、赤と黄色の縞のベストをつけた作業服の男たちの先頭で、あのチョウ・ユンファ様が閩南語の吹き替えの掛け声「啊~福氣啦!(アァーホキラァ)」とともに、右手で「維士比(ウイスビー)」の瓶を、そして左手の握りこぶしをにこやかにつきだしたCMだ。画面には思いっきり合成感があるが、これこそがハリウッド進出以前のチョウ・ユンファのイメージ。香港の下町で汗水流して働くおっちゃんが惚れこむ、頼れる兄貴像なのだ。大阪出身の口の悪い友人は誰も聞いていないのに声をひそめ、「あれって、チョウ・ユンファがあそこの社長と友だちで、CM断れなかったんとちゃうかな」と言った。このCMは、在台日本人に強烈なカルチャーショックをもたらしたらしく、しばし話題になった。
当時の台湾人ルームメイトのCM評は「台湾はイメージCMが多くって、何を伝えたいのかよくわからないけど、このCMだけは違うよね」というものであった。ともかく、このCMはひとめで「肉体疲労時の栄養補給に、維士比」ということが了解できた。維士比という商品名も「ウイスキー」に語感が似ているところが、何となく泣かせる。
保力達Bも忘れずに
維士比と同じ種類の飲料として、「保力達B(通称:バオリーター)」がある。これは、当帰や朝鮮人参などの薬草、ビタミンB1などが含まれている。これには、「成人のみ、医師や薬剤師の指示に従い1日3回30cc から40cc服用のこと」、という但し書きがついている。この飲料のCMも、農業や漁業などでまじめに働くおじさんたちの独白が閩南語で語られるスタイルだ。やはり、どのようなお仕事をする人向けの飲料かが大変わかりやすい。
これら色味が赤くアルコール度の低い維士比や保力達Bは、薬局で扱われるべき「薬用酒」で、本来は大量に飲むべきものではない。トラック運転手が居眠り防止のために呑むので、「一度飲んだら、目がピカピカよ」と愛飲するプユマのおばさんは言ったけど、大量に飲んだら肝臓にもちろん負担がかかる。
あなたはストレート派? それともカクテル派?
カフェインたっぷりのこれら飲料は、摂りすぎはよろしくない。皆、知ってはいるがやめられない。それでも、地方なら、どんな小さな町に行ってもよろず屋さんで扱っている。維士比や保力達Bは、肉体労働者のほか、原住民族の人々に大変親しまれているので、手土産としても重宝する。手ぶらで行っても、集落を訪ねると、昼夜うむをいわさず「米酒」と維士比や保力達Bと入ったコップが渡される。
ストレートで飲むだけでなく、オリジナルのカクテルもある。このカクテルは、ピンクや白のペコペコなプラスチック製コップにどぼどぼと注がれるが、ひたすら甘い。老若男女を問わずこうした甘いカクテルが好きで、何杯も飲む。私は酒があまり飲めないが少しずつ飲みだすと、皆さんは「親戚が日本の東京にいるけど知っている?」と話しだしたりして、徐々に時間がゆっくり流れだすのを感じる。
維士比や保力達Bと混ぜられる飲料には流行りすたりがある。定番のカクテルは、ミルク入り缶コーヒーと米酒が混ぜられるもの。たとえば、2008年夏に、プユマの台東県南王集落に行ったら、70歳前後のおばさんたちが、「南王之恋」(ナンワンズーレン)というカクテルを集まっては飲んでいた。南王では70代はまだまだ現役といった感じで、青春をエンジョイするおばさんたちは、「はい、飲みましょう。南王の恋、あはは」と勧めてくれて、おかしかった。「南王の恋」は、米酒500mlペットボトル1本に、缶コーヒー1本と特濃牛乳250ml缶2本を混ぜ合わせるカクテル。飲むとミルクコーヒーをベースにした味がして、カルーアミルクのような、そうでないような。
ところが、2008年9月半ば、中国大陸産の粉ミルクにメラミンという物質がさまざまな食品に混ぜられていることがわかった。「健康被害を与える可能性があるメラニンが知らぬ間に体内に」と、台湾中でパニックになった。南王のおばさんたちに聞いてみたら、事件発覚後は、米酒、缶牛乳を混ぜて飲んでいるとの話だった。しかし、お年寄りはさんざんぱら缶コーヒーを飲んだはずなので、「もう遅い」という気もする。
料理用蒸留酒・米酒の値上げショック
維士比や保力達Bにパンチを与える役割の料理用蒸留酒、「米酒」(ビージョウ、ミージョウ)についても触れておこう。度数は20度から25度で、ピンクの地に白抜きで「米酒」とあるラベルでなじまれている「紅標米酒」が、カクテルに主に用いられる。
この米酒は今から数年前、急に値上がりした。2002年1月に台湾がWTO(世界貿易機関)に加盟した時の条件として、関税と酒税の引き下げが提示された結果、酒とタバコの専売制が解かれ、低く抑えられてきた酒煙草税がそれまでよりも高く設定された。そのため、600ミリリットルペットボトル21元(約74円)で買えた米酒が、一挙に130元(約460円)になったので大騒ぎとなった。
米酒は酒としても飲まれてもいるが、調理酒として、ごま油と大量の米酒のみで骨付きぶつ切りの鶏肉を煮込む「麻油鶏」などに用いられる。この料理は、味つけは特になく、濃厚なごま油と煮きった酒、生姜の風味である。ともに供されることもあるそうめんにつけるとおいしく、するすると喉に入っていく。台湾では産後の女性は、1か月ほどお風呂に入ってはいけなかったり、生姜のしぼり汁で髪や身体を拭いたりするべきと言われている。この麻油鶏も、産後の女性の身体に良いとされ、昔かたぎの姑は一カ月食べ続けさせることもある。
台湾男性と結婚した先の大阪出身の友人によれば、長男を産んだ時、なかなか乳の出がよくならなかった。しかし、姑の作った麻油鶏を食べたら、即座に乳があふれるように出てきて「伝統の力」を実感したのだとか。このように、飲用としても料理酒としても重宝してきた米酒がいきなり6倍以上の値上げになったので、台湾全土で「米酒ショック」になったのもいたしかたない。
台湾の人々は値上げが発表されるや否や、酒の公売局やスーパーマーケットに走り、米酒を買いだめした。米酒の値上げは原住民族社会も直撃した。安いこともあって米酒を愛飲してきた人々は困り果て、あまり値段が変わらずに販売され続けた調理用加塩米酒に手を伸ばした。塩分分離器を入手して、塩分を抜こうというわけだ。塩分分離器の写真を見たが、透明なプラスチックでできた巨大なロウトに何やら電気機器のボタンがついているジューサーに似た代物だった。早速そんなものが開発されるのが台湾のオモロイところ。さらに、案の定というか、密造米酒が出まわった。安価なエチルアルコールが原料に用いられ、密造酒で失明したり、なかには亡くなったりした人もでたのだった。
カクテルと小米酒を楽しみに……
米酒騒ぎは遠い過去になったので、原住民族の集落を訪ねる時は、米酒と別の飲料を混ぜたカクテルを楽しみにしたらよいだろう。もしも運が良ければ、粟でつくった小米酒(シャオミージョウ)やどぶろくを出してもらえるかもしれない。こちらのほうが原住民族のお酒というイメージが強い。アルコール度数はさほど高くなく、土地によってさまざまな味わいがある。お米を発酵させただけなのになぜかカキーンと強い焼酎の味わいのあるお粥状のどぶろくを、台東のプユマの方のお宅でふるまわれたこともある。
小米酒には、作曲が林存枝、歌詞が楊弘彦のその名も「小米酒」との唄があり、「醇醇的小米酒喔 香香的小米酒喔」という出だしのように香り高い。唄は「你高歌我來和 沒有心機沒有煩惱真快樂」(「君が高らかに歌えば僕も歌う、そうすれば心の憂さも晴れて幸せさ」)と締めくくられる。この歌、まさしく「お気楽な原住民」というステレオタイプを示しているようだけど、原住民族自身が愛唱している。
タイヤルのおじさんやおばさんとの宴会では、盛り上がってくると、お酒は合い飲みとなり、2人が頬と頬をくっつけあって一つの杯から飲みはじめる。一緒に合い飲みすると、その後はすっかり打ち解けてもらえる。機会があったらぜひ体験してほしい世界である。
ビンロウ――台湾チューインガム
お酒に加えて、集落を訪ねたときに勧められるのは檳榔(ビンロウ)である。檳榔は素顔の台湾を知るうえで必要不可欠な存在である。檳榔といえば、檳榔小姐(ビンロウ・シャオジェ)あるいは檳榔西施(ビンロウ・シイシ)の女の子を思い出してにやける男性もいるだろう。檳榔小姐や西施は、路面店の3面が素通しのガラスになっていて、セクシーなキャミソールにミニスカート姿にサンダルやミュールを履いた女の子の檳榔売りのこと。店には、たいがいピンクのネオンやチカチカ光る電飾がされている。たとえれば、キャバクラの女の子が道路際の素通しの店にいるみたい、と言えば伝わるだろうか。
2001年ごろ、新竹在住の彫師の奥さんが教えてくれたのだが、50粒お買い上げでおまけが2粒ついてくる店もあったとか。おまけとは、おっぱいを揉ませてくれるという落ち。お色気全開の檳榔売りが現れたのは21世紀前後で、規制を受けたのでおとなしめになったというが、ともかく台湾名物になっている。お色気檳榔店には、売春の中継基地になっているとか、税制上優遇されていることから暴力団の資金源になっているとか、とかくの噂があった。
檳榔そのものは、ビンロウジと呼ばれる椰子科常緑樹の実を、白い石灰を塗ったキンマの葉でくるんだもの。でも、その味は「うまい」とは思えなかった。よく「台湾のチューインガム」との説明がなされるが、檳榔も気つけに使われ、長距離を走らすトラック運転手などが愛用する。2センチほどの緑の実を噛むと青臭みが広がり、次いでつばが口の中にあふれてくる。たまらず紙コップやゴミ箱につばを吐き出すと、真っ赤だ。その後、茶色の荒い繊維となった噛みかすを口から吐き出す。時には数噛みで動悸が高まり、かっと身体が熱くなる。効果の強い粒に当たると、めまいの伴う冷や汗がでてきて、排水溝にうずくまるはめになる。ちょっとした貧血か、悪酔い騒ぎを起こしてしまう。ものの本で得た知識によれば、「檳榔の王様」と呼ばれる実が一本の樹にひとつだけなるという。王様の実は他の実より少し大きいだけで、外見は見分けがつかない。だが、うっかり噛んでしまうと、強烈な刺激が襲いかかる。はたで見ていると、急に心臓発作を起こしたかと思うほど、顔が真っ青になり、冷汗をかくという。だから、工事現場で高い足場にいる人がいつもの調子で口に放り込んでしまえば、足もとがふらつき、あえない最期を遂げてしまうのだという。
檳榔は南部にいくほど広い面積で植えられており、産地ともあって、南部に行けばいくほど味は鮮明になってくる。いかにも南国という風情をもたらしている樹は椰子に似ているが、背が高く直径2センチの実をたわわにつけているのですぐに区別がつく。一説によれば台湾で最も収益率の高い作物で、課税率も低いのでよく栽培されている。だが、もともとの植生を無視して、檳榔を栽培したために土壌を弱めて保水力をなくす原因となった。1999年の台湾中部大地震やその後相次いだ台風・水害の際に、山地を中心に頻発した大規模な土石流の遠因となったとささやかれている。
ただし、檳榔は台北では嫌われている。台北以外の地域の人々は、皆がみな、地べたに近いところに座り込んで始終檳榔をくちゃくちゃ噛んで唇と歯を赤く染めている。ほとんどの人が檳榔をたしなまない台北は「特別行政区」、との冗談も聞かれる。台北の映画館やテレビで流されるCMでは、毒々しい血のようなつばを道路に吐かないようにしましょうと美観と公衆道徳から、始終呼びかけている。常習性があり口腔ガンの原因になるとも警告している。床が赤く染まることを恐れて、台北や高雄のMRT(捷運)やバスなどの公共交通機関では、持ち込みや噛むことが禁止されている。さらに、台北やほかの都市でも風紀上の理由から店を出すことすら禁じている場合がある。
まずインテリは檳榔をたしなまない。原住民族と台湾南部以外の女性は、基本的に敬遠する。だから、外国人とみると「檳榔食べたことある?」と台湾の人は聞いてくる。「ありますよ、何回も」と言うと、「おおっ」、「まさか」、「そんな」と聞いた人はこちらの顔を見やるのだ。ちょうど日本の納豆を「外国の人が食べている」と言ったときのようだ。
タバコもおもてなしのひとつ
原住民族の集落に行ったら、お酒のほかにタバコも勧められることがある。タバコを吸わない友達が断ったら、「そんなときは吸ったまねだけでもすべきだ」とおじいさんに怒られたという。肺がんなどの原因となりうるとの認識が広まる以前は、タバコは全世界的に清めやまじないの儀式に使われていた。
台湾では、檳榔は女性で、石灰は男性を象徴する場合がある。男性が特定の女性が檳榔の木を植えている夢をみたら、その人と縁があるといわれているとか。また、妊娠中の女性の夫が自分で檳榔の木を植えている夢をみたら女の子を授かるという。男性と女性は檳榔の実を交換しあって、お互いの気持ちを確かめる習慣もあった。檳榔もお酒も、もともとは農作業をしている人々が寒い時に身体を温めるために用いたという。両方とも日常でもたしなまれるが、現在もプユマのシャーマンは儀礼の時に用いるなど、文化的にも大事なものだ。偶然に参列させていただいたパイワンとルカイのカップルの結婚式でも、檳榔は親戚の人々の手で大量に用意され、チューインガムや飴、タバコとともに大ザルに入れられて参列者に勧められていた。
実際、檳榔や酒、タバコは台湾の原住民族にとって聖なるものであり、それを勧められることは人々との真の交わりのきっかけを差し出してもらっているのである。
参考資料
チョウ・ユンファのCFは、youtube www.youtube.com/watch?v=LnH7C9kIST0などでご覧あれ。
檳榔についてはこちらも参考にしました。
「双葉社webマガジン 小道迷子の台湾素食 第24回 屏東で素食」
台湾の素食(ベジタリアンフード)の食べ歩きマンガ。台湾の素顔に触れられて楽しい。